現時点で日本では、ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチン、アストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンの3種類が承認されています。どちらも従来のワクチンとは異なる仕組みを用いています。mRNA ワクチンは脂質ナノ粒子lipid nanoparticles (LNP)に包まれた状態で投与され、細胞に取り込まれます。アストラゼネカのワクチンは、人体に無害なウイルスを運び屋(ベクター)として使用して、遺伝子を人の細胞に運びます。ともに新型コロナウイルスの感染に関与するスパイクタンパク質の遺伝子情報がのっています。既存のワクチンは、ワクチン内に含まれている物質(主に蛋白質、糖タンパク質)に対する抗体を作らせます。例えば、インフルエンザウイルスワクチンではヘマグルチニンHAというタンパク質、B型肝炎ワクチンでは、HBs抗原というタンパク質を含有します。一方、ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンとアストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンの中には、抗体を作らせる目的のタンパク質は存在しません。ワクチンにより注入される遺伝子情報を鋳型として人の細胞の中で、タンパク質(糖タンパク質)が作られ、それに対して抗体が作られます。mRNAワクチン投与初日からスパイクタンパク質が作られ、5日後ぐらいにピークになり、2週間後には検出されなくなります。
表に1回の注射で投与されるワクチン主成分の個数を示しています。従来型であるインフルエンザHAワクチン、B型肝炎ウイルスの投与タンパク質の個数とファイザー、モデルナのワクチンの投与mRNAの個数は、それぞれ20分1、10分の1ぐらいです。詳細な情報は分かりませんが、細胞への導入効率の問題はありますが、一つのmRNAあたり20個のスパイクタンパク質が作られれば、数量ベースで従来型の1倍量、2倍量の、100個ならそれぞれ5、10倍量のスパイクタンパク質が作られることになります。タンパク負荷量が多いほうが抗体が誘導されやすいですが、数日の時間をかけて産生されるので、一気に同量を投与される場合と比較して副反応が少ないことが予想されます。多くの抗原を安全に導入できる優れたシステムであると考えられます。アストラゼネカのウイルス数はファイザー、モデルナのワクチンのmRNA数と比較してかなり少ないので、1つのウイルスベクターあたり作られるスパイクタンパク質の数が、かなり多いものと思われます。数量の問題だけでなく、ファイザー社、モデルナ社、アストラゼネカ社のワクチンでは、人の細胞内で作られるスパイクタンパク質が細胞表面に提示されることで、従来型のワクチンで得られる液性免疫だけでなく細胞性免疫も得られるとされています。
COVID-19蔓延開始から1年以上が経過して、ウイルスは従来型から感染性と重症化リスクの高い変異株に置き換わってきています。特にインドで多く見られたデルタ型が問題になっていて、イギリスでもデルタ株による感染の再拡大が始まっています。
しかし、2021年6月、ファイザーとアストラゼネカのワクチンが、2回投与でデルタ株にも有効であるとの重要なデータが発表されました。ワクチンによって誘導される抗体の結合力はデルタ株に対しては弱い(6分の1)ですが、2回の投与で抗体の濃度を高めれば対応できることを意味します。現在使用されているワクチンは、従来型新型コロナウイルスのスパイク蛋白質に対してのものです。今のタイミングで“従来型のワクチン”がデルタ型にも有効であったことは、今後の感染コントロールにとって極めて重要な意義があります。
今後COVID-19は簡単には収束せずに、短くとも数年は世界的に定期的ワクチン接種が必要になると予想されます。日本はコールドチェーンが整っていて今回のワクチン接種でも活躍しましたが、世界的にはmRNAワクチンの輸送保管は困難です。2021年6月にノババックス社のワクチンが、アメリカとメキシコでの試験で英国型変異株アルファ型に対して有効性を示したことが報告されました。ノババックスのワクチンは、ナノ粒子上に存在するスパイクタンパク質から成り、従来型のワクチンですので輸送保管は容易です(表)。さらに、主成分のタンパク質の数がインフルエンザHAワクチンやB型肝炎ワクチンと比較して20分の1程度でも(表)、COVID-19に有効性を示したので期待が持てます。デルタ型に対する効果は不明ですが、今後の定期接種のワクチン候補の一つとして有望であると思われます。実際ノババックス社はインフルエンザワクチンとこのワクチンの混合のワクチンを開発中です。
今後は、インフルエンザワクチンが流行に合わせてワクチンを変えるように、新型コロナウイルスワクチンも流行に合わせて対応させていくことが予想されます。
表 それぞれのワクチンの特徴
新型コロナウイルス ワクチン |
インフルエンザ HAワクチン |
B型肝炎 ワクチン |
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ワクチン名 | ファイザー BNT162b2 |
モデルナ mRNA-1273 |
アストラゼネカ AZD1222 |
ノババック NVX-CoV2373 |
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主 成 分 |
種 類 |
スパイクタンパク質mRNA(4284塩基) | スパイクタンパク質mRNA | スパイク蛋白質遺伝子をのせた遺伝子組換えサルアデノウイルスベクター | ナノ粒子表面に存在する形の三量体スパイクタンパク質(糖タンパク質) | インフルエンザウイルス(A、B型)のHA画分 (糖タンパク質) | HBs抗原(糖タンパク質) |
分子量 | 1400000 | 1400000 | 200000 | 63000 | 23000 | ||
含有量 μg | 30 | 100 | 5 | 30 | 10 | ||
個数x1010 | 1200 | 3600 | 5 | 1500 | 29000 | 26000 |