当院では、ヒトパピローマウイルス(HPV)に対する9価ワクチン ガーダシル9、シルガード9の接種が可能です。HPVは200種類以上の型があり、少なくともそのうちの13種類が発がん性のある高リスク型です(16、18、31、33、35、39、45、51、52、56、58、59、68)。良性腫瘍である尖圭コンジローマを起こす低リスク型としてHPV6や11があります。ガーダシル9、シルガード9は、HPV6、11、16、18、31、33、45、52、58型に対するワクチンです。日本での子宮頸がん(浸潤がん)で陽性82.2%うちの76.5%と約93%をカバーします*1。米国での子宮頸がん(浸潤がん)で陽性90.6%のうちの87.1%と約96%をカバーします*2。
HPVワクチンの有効性
子宮頸部高度前がん病変に対するHPVワクチンの予防効果は、すでに示されています。2020年10月にHPVワクチン(4価、HPV6、11、16、18)の子宮頸がん(浸潤がん)の減少効果を世界で初めて示す論文が、2020年10月にスウェーデンから発表されました*3。HPV9価ワクチン(ガーダシル9、シルガード9)はHPV4価ワクチンよりも5つ多い型をカバーするので、更に効果があると推測されています。
HPVワクチンの安全性
ワクチン接種後に注射部位に限局しない激しい疼痛 (筋肉痛、関節痛、皮膚の痛み等)、しびれ、脱力等などの「多様な症状」があらわれ、長期間症状が持続する例が報告されました。その結果、2013年6月14日に厚労省より「同副反応の発生頻度等がより明らかになり、国民に適切な情報提供ができるまでの間、定期接種を積極的に勧奨すべきではない。しかし、接種自体を中止するわけではなく、接種希望者については定期接種として接種可能な環境を維持する」旨の勧告が出されました。勧告後日本でのHPVワクチン接種は事実上停止しています。しかし、厚働省祖父江班による全国疫学調査*4、日本初となる大規模全数調査の名古屋スタディ*5で「多様な症状」が非接種者に比して接種者に多く見られるわけではないことが示されています。現時点でHPVワクチンに安全性の懸念はなく、HPVワクチン接種の積極的勧奨を再開しない合理的な理由は無いと考えられます。
HPVワクチンの子宮頸がん以外のがんの予防に対する有効性
体表を覆う皮膚は角化重層扁平上皮よりなり、その内側の粘膜は、非角化重層扁平上皮からなります。子宮頸部の粘膜は主に非角化重層扁平上皮で覆われています。子宮頸部の他、膣、外陰部、陰茎、肛門、口腔、咽頭、喉頭、食道も同様です。HPVの非角化重曹扁平上皮への感染という関連から、HPVのこれらの組織への感染と発がんへの関与の可能性が考えられています。米国疾病管理予防センター(CDC)によると、子宮頸がん以外に外陰がん、膣がん、肛門がん、陰茎がん、中咽頭がんの多くがHPVによるものとされています(表)。そのため既に、HPV9価ワクチン(ガーダシル9)の米国での適応は、9歳から45歳の女性でHPVに関連する子宮頸がん、腟がん、外陰がん、肛門がん、中咽頭がんおよびその他の頭頸部がん、尖圭コンジローマの予防、9歳から45歳の男性で肛門がん、中咽頭がんおよびその他の頭頸部がん、尖圭コンジローマの予防となっています。HPVワクチンを接種することにより、子宮頚がん以外のがんの予防も可能なので、男性でもワクチンを受けるメリットがあることになります。
なお、重層扁平上皮から発生するがんは扁平上皮がんです。腟がん、外陰がん、肛門がん、中咽頭がんは基本的に扁平上皮がんです。子宮頸がんは、約7割が扁平上皮がん、約2割が腺がんであるとされています。子宮頚部の粘膜は、ほとんどが重層扁平上皮で覆われていますが、奥には子宮体部と同じ単層円柱上皮が存在します。子宮頸部の遠位(奥の)部分に境界があり、単層円柱上皮にHPVが感染した場合には腺がんになるものと考えられます。
表
部位 | HPVがよく検出される部位 のがんの年間平均発生数 |
HPVによるものと 考えられる割合 |
HPVによると 考えられる発生数 |
|
---|---|---|---|---|
子宮頚部 | 女性 | 12,143 | 91% | 11,000 |
膣 | 女性 | 867 | 75% | 700 |
外陰 | 女性 | 4,114 | 69% | 2,800 |
陰茎 | 男性 | 1,348 | 63% | 900 |
肛門 | 7,083 | 91% | 6,500 | |
女性 | 4,751 | 93% | 4,400 | |
男性 | 2,332 | 89% | 2,100 | |
中咽頭 | 19,775 | 70% | 14,000 | |
女性 | 3,530 | 63% | 2,200 | |
男性 | 16,245 | 72% | 11,800 | |
合計 | 45,330 | 79% | 35,900 | |
女性 | 25,405 | 83% | 21,100 | |
男性 | 19,925 | 74% | 14,800 |
米国疾病管理予防センター(CDC)National Program of Cancer Registries (NPCR) and/or the National Cancer Institute’s Surveillance, Epidemiology, and End Results (SEER) Program for 2013 to 2017, covering 100% of the U.S. population.
https://www.cdc.gov/cancer/hpv/statistics/cases.htm
*1 IARC Information Center on HPV and Cancer, Japan Human Papillomavirus and Related Cancers.Fact Sheet 2019
*2 US Assessment of HPV Types in Cancers: Implications for Current and 9-Valent HPV Vaccines Saraiya M,et al. J Natl Cancer Inst.2015;107:djv086
*3 HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer. Lei J, et al. N Engl J Med.2020;383:1340-1348
*4 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000161352.pdf
*5 No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study. Suzuki S, et al. Papillomavirus Res.2018;5:96-103