患者さんに採血結果で貧血ですねと説明すると、“貧血“はありませんと返されることがしばしばあります。その場合の“貧血”は、立ちくらみ、英語ではdizzinessに相当する状態です。血圧の低下などで、一時的に脳に十分な血流がいかない状態を指します。一方、医療用語の貧血は、血液中の赤血球の中にある酸素を運ぶ役割のヘモグロビン(Hb)の濃度が低くなった状態を指します。高度な貧血になると立ちくらみ、息切れ、めまい、ふらつき、頭痛、胸の痛みなどの症状が起こります。一般に使用される“貧血”という用語は、高度の貧血のときの症状から使われるようになったものと推測されます。
貧血の基準は、女性ではHbが12.0g/dL未満、男性では13.0g/dL未満です。Hbが12−13g/dL程度の貧血では、ほぼ症状は出ません。貧血の原因はたくさんありますが、臨床的に重要なのは治療可能な疾患による消化管出血による貧血が重要です。胃潰瘍や十二指腸潰瘍などで一気に出血する場合は、Hbが大きく低下し、黒色便や貧血に伴う症状も出現するので、診断は容易なことが多いです。しかし、消化管の腫瘍とくに大腸がんは数年かけてゆっくり進行します。例えば、成人男性が大腸がんに罹患していて、昨年の健診でHbが14.5g/dL、今年の健診でHbが13.0g/dLであったとします。人間ドック学会の2023年度判定区分表では、今年の結果はC要再検査(12.1−13.0dL)とでて、精査となる可能性があります。しかし、もし今年の健診のHbが13.5g/dLであれば、昨年今年とも “A異常なし”(13.1−16.3g/dL)になります。Hbが13.5g/dLの場合通常無症状ですから、昨年今年とも無症状で判定は“A異常なし”となります。しかし、Hbが13.5g/dLの場合、Hbが14.5g/dLと比較して約7%Hbが停止しています。出血による低下であればかなりの量の出血があったことになり、大腸がんもかなり進行している可能性があります。このような場合でも便潜血は陽性のこともあれば陰性のこともあり、肉眼的な血便や黒色便がないこともあります。発見が遅れ治癒切除の機会を失うかもしれません。ですので、Hbのデータを見るときは、絶対値と同時に経時的な変化にも注目することが大切です。